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第810話

Author: 宮サトリ
「わかった、わかった!」

少女は最後に不機嫌そうに電話を切った。

そのまま弥生たちの前を通り過ぎようとした瞬間、弥生は思い切って手を伸ばし、少女の前に立ちはだかった。

「......こんにちは」

突然声をかけられ、少女は一瞬びくっとして弥生を見つめた。

相手も同じアジアの人だったせいか、少し警戒を緩め、不思議そうに尋ねてきた。

「......何ですか?」

弥生は穏やかに微笑んだ。

「ごめんね。お姉さん、少しだけ携帯を貸してもらえないかな?電話を一本だけかけたいの」

少女の鼻がわずかに膨らんだ。

「自分のスマホ持ってないの? 嘘じゃない?」

やっぱり、子ども相手とはいえ、そう簡単にはいかないか。

弥生がどう説明しようかと考えたそのとき、横にいたひなのが、つっと少女の手を取った。

「お姉ちゃん、ママのスマホ、泥棒に取られちゃったの。だからパパに電話したいだけなの......」

ひなのの小さな声はとても可愛らしく、白くて大きな目からは今にも涙がこぼれそうだ。

まるで人形のように可愛いその顔に、少女は思わず心を揺さぶられた。

弥生は黙ってその様子を見守った。

演技とはいえ、ひなのの可愛さはまさに最強だ。

「......ほんとに、盗られちゃったの?」

ひなのはうるんだ瞳でこくんと頷いた。

「だからお姉ちゃん、少しだけ......ママに貸してあげて......」

小さな泣き声に、少女はついに観念したようにため息をついた。

「......じゃあ、ちょっとだけだよ。ここで、私の前でかけて。遠くに行ったらだめだから」

そう言ってスマホを渡してくれた。

弥生は心の中で大きく息を吐き、すぐにそれを受け取った。

「ありがとう!」

すぐに由奈の番号を押し、呼び出し音を待ちながら周囲に目を配った。

ツー......ツー......

一度鳴っただけで、すぐに由奈の声が飛び込んできた。

「......弥生!? 弥生でしょ!?」

「由奈!」

数日ぶりの親友の声に、弥生の喉が詰まりそうになった。

由奈も胸が詰まって泣きそうになったが、隣の浩史が落ち着くように目配せしてくる。

由奈はすぐに浩史の指示でスピーカーをオンにした。

浩史の冷静な声が電話越しに響いた。

「今どこだ。座標は分かるか?」

弥生は少し息を整え、すぐに自分の現在地を
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